雑感第1号
「権利」の意味

去る2025年4月2日、行政書士事務所を開業いたしました。行政書士登録から事務所開業、そして業務の開始に至るまで、多くの方のご協力を賜りましたことをこの場を借りて御礼申し上げます。

雑感第1号として、行政書士の活動をしていく上での所信を記すことにいたします。

「行政書士」と聞いたとき、多くの方が思い浮かぶのは「何をする人なんだろう」という疑問なのではないでしょうか。実際に、先輩行政書士の方々も、そのような質問を受けることが多いと聞きます。かく言う私も、自分が行政書士になるまでは同様の疑問を抱いておりました。

行政書士法という法律に定められた行政書士の業務を、多少無理やりではありつつも一言でまとめると「依頼者の代わりに、様々な書類を作成する業務(※他の法律で制限されているものを除く)」ということになります。もっとも、「様々な書類」の範囲があまりにも広く、他の法律(弁護士法、司法書士法等)で制限されている一定の書類は行政書士が作成することはできないため、相変わらず分かりにくいかと思います。

この点については、正確性を期すために、具体的な事例を交えつつ随時ご紹介していきたいと考えております。

ところで、その行政書士法には、「目的」と称してこんな条文があります。

第一条 この法律は、行政書士の制度を定め、その業務の適正を図ることにより、行政に関する手続の円滑な実施に寄与するとともに国民の利便に資し、もつて国民の権利利益の実現に資することを目的とする。

この条文によると、行政書士法の究極的な目的(≒行政書士制度を制定した目的)は、「国民の権利利益の実現に資する」点にあるということです。

「権利利益」とはなんでしょうか。「権利」と「利益」がつなぎ合わされた熟語ですが、あまり耳馴染みのない言葉に聞こえます。

法律的には両者には若干の意味の違いがありつつも、その区別は相対的であり、個別具体的な事情により解釈が変わるとされているのですが、参考までに以下の通りの意味と解されています。
◎権利…法律に明記された請求権や所有権など
◎利益…法律上保護に値する具体的な利益(言い換えると、「権利」未満のもの)

ここに使われている「権利」という言葉は、江戸時代までの日本語には存在しませんでした。明治時代に入り、西洋諸国の社会制度を導入するにあたって、「right(ライト)」という英語を翻訳する際に発明された言葉です。

いまでこそ「権利」といえばこの漢字ですが、翻訳当時は「権利」のほかに「権理」という漢字も使われました。「権理」という漢字の使用を主張していたのは、『学問のすゝめ』等を著した福沢諭吉です。先だって一万円札の顔の座を渋沢栄一に譲ることとなりましたが、まだお財布の中に諭吉先生がいらっしゃる、あるいはATMから諭吉先生が出てきたという方も多いかもしれません。

翻訳という仕事は、外国語が持つ歴史的・社会制度的な背景を踏まえて行われるといいます。特に明治期においては西洋諸国に追いつけ追い越せという方針で様々な書物や技術を輸入していたため、翻訳が持つ意義と責任は非常に重大だったはずです。

どのような経緯で、現在使われている「権利」に落ち着いたのか。それはもはや定かではありませんが、時代が下がるにつれて「権利」という漢字が定着し、今に至ります。

言いたいことが通じれば漢字はどちらでも良い、という考え方もあるでしょう。
しかし、福沢諭吉が「権理」という漢字の使用を主張したのには、それ相応の理由があります。

まず、「理」「利」「権」のそれぞれの漢字は江戸時代までにはすでに日本で定着しており、それぞれ固有の意味を持っていました。

そして、「理(ことわり)」という漢字には「正しさに基づく物事の筋道」という意味があり、「利」という漢字には「役に立つ、良い効用がある」という意味があります。共通して使われている「権」という漢字には「力(ちから)、主張する資格」という意味があります。

組み合わせた時の意味は、
◎権理…正しさに基づく力、正しいことを主張する資格
◎権利…役に立つ力、良い効用があることを主張する資格
となり、言葉としての意味合いがかなり違っていることが分かります。

翻訳の元となる英語の「right(ライト)」は、「正しい」という意味も持っていることから考えると、私は「権理」という漢字の方がその意味合いを的確に表せているように感じます。

もっとも、常用漢字として定着した漢字を無理に変える必要はなく、「権利」という言葉にはそのような背景があるのだということを知っておくことに意味があると考えます。

そのうえで、行政書士制度の目的として掲げられた「国民の権利利益の実現に資する」という文言を私なりに解釈すると、「国民が、正しいことを主張し、その効用を享受することに資する」となります。なお、行政書士法第一条はその文言において「国民の」となっておりますが、日本国憲法は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除いて外国人にも人権を保障するものとされています。

そこで、私の行政書士としての活動理念を、行政書士法第一条を参照して下記の通り定めます。

「依頼者が、正しいことを主張し、その効用を享受することに資する」

何を大層なことを、と我ながら思います。肝心の「正しさ」が多面的であり、その判断が極めて困難であることも承知しています。

しかしながら、その大層なことの実現に向けて、困難に直面しても活動していくことが楽しみでもあります。道に迷った時には「権利(権理)の意味」に立ち返って判断できるよう、ここに所信として記します。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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